新聞社と出版社

おはようございます。

 

さて、弊社一人きりの社員が大手町の新聞社で記事審査の仕事をはじめたことを、昨年12月にご報告しました。

 

衆議院選挙や政権交代など政治イベントが目白押しにつき人手が欲しいということで臨時に入った仕事でしたが、この3月末に無事任期を終え、区切りよく新年度に向かっています。

 

この「無事」というのは、いつわりのない実感です。

 

記事審査が紙面のまちがいを見落とせば、刷り直しや訂正記事につながります。

 

野球でいうなら、攻守交代することなく、ずっと守備についているような状態といえるでしょう。つまり、回を重ねれば重ねるほど、腕は上がりますけれども、いずれ失点せざるをえないポジションです。

 

 

4カ月間と短い時間でしたけれども、久しぶりに組織で働いてみて、一人で働く現在のすがたを一歩外から見直すことができたように感じます。

 

じっと同じ机に座っているのが苦手で会社勤めをやめたのが、3年前のこと。決められた時間にデスクに座っていなくてはいけないという不自由さの中でこそ生まれる発想もある――というのが今回の発見でした。

 

 

一人だからこそ、空気がよどまないよう、外との風通しはよくしておきたいと思っています。

 

上下のつながり以上に、とくに前後左右は開け放しておきたいなと――それがときに脇の甘さにつながるのですけれども。

 

編集も営業も自分でやりたいし、学生時分のアルバイト以来、久しぶりに書店でも働いてみたい。

 

また、業界の外との関係でいうなら、出版に隣接する分野――新聞、図書館、レコード、教育には宝のような材料が眠っているのではないか、などなど。

 

 

そんなわけで、新聞と出版のあいだで気がついたことを記しておきたいと思います。

 

思い出したときに、ゆっくり書き留めていきますから、時々おつきあいいただければ幸いです。