こんばんは。
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さて、大杉栄『自叙傳』の話題です。
さきの3連休に、本書の主要舞台のひとつ、新潟・新発田(しばた)をたずねてきました。
大杉豊氏から紹介を受けたS氏の電話番号を手帳に書き留めて、ほかになんの用意もいらない、気ままな1泊旅行です。
出かける直前に、明治大学のH先生から「旧練兵場の銀杏の木は訪れるべきですよ」ということだけ教わっていました。
その銀杏の木が、下の写真です。
本書にもこの銀杏の木が、印象的な火事のシーンで登場します。
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もうひとつ。
大杉栄ゆかりの場所があります。
万松堂書店です。
この本屋をめぐって、『自叙傳』におもしろいエピソードがあります。
少し長くなりますが、引用させてください。
本読みの僕はいつもみんなの牛耳をとっていた。僕は友人のほとんどだれよりも早くから『少年世界』を読んでいた。そしてある妙な本屋と知り合いになって、そこからいろんな本を買ってきて読んでいた。修身の逸話を集めた翻訳物のようなのも持っていた。まただれも知らない、四、五冊続きの大きな作文の本も持っていた。そうした雑誌や書物からそっと持ってきた僕の演説や作文はみんなの喝采を呼ばずにはおかなかった。
新発田から三、四里西南の水原という町に、中村万松堂という本屋があった。そこの小僧だか番頭だかが、新発田にきて、ある裏長屋のようなところに住んでいた。それをどうして知ったのか、僕がたぶんほとんど最初のお客となって、なにかの本を買いに行った。店もなんにもなくて、ただ座敷の隅に数十冊の本を並べてあっただけだった。しかし、それまで本屋というもののまるでなかった、ただある一軒の雑貨屋が教科書と文房具との店を兼ねていただけの新発田では、それでも十分豊富な本屋だったのだ。僕はひまがあるとその本屋へ遊びに行って、寝ころんでいろんな本を読んで、なにか気に入ったものがあると買ってきた。こづかい銭というものを一文ももらわなかった僕は、文房具でも本でも、要るだけのものは母に黙ってでも、どこかの店から月末払いで持ってくることができた。その払いが少しかさむと、母はこれからはあらかじめそう言うようにと注意はしたが、決してしかることはなかった。
(大杉栄著『自叙傳』より)
大杉栄は、ほんとうによく読み、よく書いた少年だったんですね。
あそこで寝ころんで本を選んだのかな、とおぼしき小上がりも、そっと帳場の奥に見えていました。