さて、前回に引き続き、藤原ヒロシさんの話題です。
藤原ヒロシさんの公式ブログ「HF - blog」に、土曜社版『自叙傳』が登場しました。
新宿の模索舎でお買い上げいただいたそうで、うれしいかぎりです。
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ここで、ごく個人的な思い出を記すことをおゆるしください。
長くなりそうですので、全部すっとばしていただいてもかまいません。
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藤原ヒロシさんをはじめて見たのは、2000年の夏、新宿リキッドルームでのことでした。リキッドルームが、「jazz / alternative」という看板をかかげて恵比寿に移転する少し前の話です。
その晩は、瀧見憲司氏主宰のクルーエル・レコーズの何周年かを記念するコンサートでした。
出演は、同レーベル所属のミュージシャンたちで、特にポート・オブ・ノーツという男女のデュオが、故アイルトン・セナに捧げる演奏で会場を大いにわかせました。
ぼくは学部の4年生で、同級生がコンサルや銀行に内定をきめて、卒業旅行とやらで北米へ南欧へと学生最後の夏を満喫しているのをよそに、就職活動も中途半端で、街にへばりついて、できたばかりの渋谷ツタヤで新たに週4日のアルバイトをはじめたりして、「男はなにをしても一生食えるんだから」とうそぶきながらも、内心には不安をかかえていました。
余談のうえに余談で恐縮ですが、当時新宿のリキッドルームといえば、入場客がエレベータを使うことは、ゆるされていませんでした。1基しかないリフトは、出演者用だったのでしょう。
7階のフロアまでぞろぞろと歌舞伎町の雑居ビルの狭い階段をのぼらされ、もともと乗り気じゃなかったせいもあって、ぼくはライブがはじまってからも、仲間からはなれて、ひとり後方でぶつくさ腐っていました。
そんなときです。周囲が不意にざわめいて、いかにも今夜のライブを満喫しようとフレッシュに意気込んだ若い連中が、こんなことを口々にささやきあっているのです。
「うわ、やべえよ。」
「おれたちの神のおでましだ——。」
どうやら、藤原ヒロシさんが会場にきているらしいと分かりました。
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ちょっと強引な展開になりますが、この瞬間、ぼくはジャック・ケルアックの『オン・ザ・ロード』の印象的なシーンに入り込んでいきました。
白状すると、そのときはまだ『オン・ザ・ロード』を読んでいなかったのです。
いえ、もっと正確にいうと、その数年前に河出文庫の『路上』(福田稔訳)を入手して、何度か読みはじめるものの、そのたびに途中であきてしまって、数ヶ月後にまた最初から読みなおすことをくりかえす——そんなことで、終盤のこのシーンに、まだたどりついていなかったわけです。
いま手元に当時の文庫がないので、代わりにペンギン版から引用してみます。
Suddenly Dean stared into the darkness of a corner beyond the bandstand and said, 'Sal, God has arrived.' /I looked. George Shearing.(ディーンは、バンドスタンドの向こうの暗がりをみつめ、ふいと言いはなった——サル、神様のおでましだ。/ぼくは見た。ジョージ・シアリングだ。)
※ジャック・ケルアック著『オン・ザ・ロード』より。訳は私訳。
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後日この箇所を読んで、やっと合点がいきました。
そうか、あの若い青年は、ディーン・モリアーティを気取ってあんな大げさな言い方をしたものだと。
当時のぼくも、22歳のれっきとした青年だったわけですが。
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さて、その晩のリキッドルームでは、「おれたちの神様」こと藤原ヒロシさんがアコースティック・ギターを奏で、元ラブ・タンバリンズのエリちゃんが歌い、ぼくは不安と不機嫌とをひきずりながらも印象的だったその晩のことを、10年を経た今もこうして懐かしく思い出すのです。